「ね、明日暇?」


今日は9月22日
ここは
奈良家
一人息子の自室






限られた時間の中で・・・








「明日?・・・微妙」

ベッドに横たわっているシカマルはその眠そうな瞼を微かに開け、相手を見た。
表情から、相手の企みを見破ろうとしているかのように。しかし、そのようなものは見受けられなかった。
再び枕に顔を埋める

「・・・今日じゃ駄目なのか?」
「うん」

即座に返ってきた相手の返事を聞き、シカマルはゆっくりと身体を起こす。机から手帳を取り出すと、視界をはっきりさせようと目をこすった。
2人しかいないこの部屋に、ぱらぱらと紙のめくれる音が響く。

「・・・・・・今日の夜から任務が入ってるんだけどよ・・・
 帰るのは・・・明後日の夕方・・・」
「何処行くの?」
「木ノ葉の・・・国境近く」

そこまで言うとシカマルはぞんざいに手帳を投げ再びベッドに倒れ込んだ。
目は虚ろで、今にも夢の世界へ旅立ってしまいそうだ。
・・・先程、任務から帰ってきたばかりなのだ、よほど疲れているのだろう。

「・・・・・・いの・・・」
「・・・・・・・・・何?」
「明日・・・誕生日・・・おめでとう・・・」
「・・・・・・嫌」

眠そうに呟くシカマルに対し突然いのは不服そうに相手のの上に飛び乗った。
キラキラと彼女の持つ淡い金色の髪が、夕陽に反射し白く光る
乗られた当人は突然の奇襲に驚き鈍い声を上げた。

「・・・・・・重・・・」
「・・・なんですって?」

あまり抵抗する様子のなかったシカマルだが、やはり徐々に息苦しくなってきたようでいのから逃れようともがき始めた。
しかしいのは依然として退こうとはしない。

「・・・頼むから・・・」
「・・・明日は・・・大切な日なのに・・・」
「・・・・・・は・・・・・・?」
「・・・任務。・・・頑張ってね」




次の瞬間。

いのがシカマルの前から姿を消した。

「・・・なんだっつーんだよ・・・」

いのは泣きそうだった。
実際、シカマルにいのの顔は見えていないのだから、感じがしたと言った方が正しいのかもしれないが。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

─大切な日。
何の日だというのだろう。確かに明日はいのの誕生日、それは大切な日に変わりはないのだが。

「・・・・・・意味わかんね・・・」

他の理由もある気がしてならなかった。
寝返りをうつ。
気になってしかたない。
そう思いつつも睡魔に打ち勝つことができずにシカマルはいつしか意識を手放していた・・・・・・











次の日9月23日
山中家
一人娘の自室。
時はゆっくりと、しかし確実に
24日へと、切り替わろうとしている・・・


机の上のプレゼントの山を見、いのはため息をついた。
プレゼントが嫌だったわけではない
もしかしたら、と
僅かにあった希望が打ち砕かれようとしているからだ。

「・・・・・・都合良すぎるわよね・・・」

自嘲混じりにいのは笑い出した。
もしかしたら会いに来てくれるかもしれない、と。

「・・・・・・そんなわけないのにね」

いのは自分を貶す。今でも微かに残る期待の念を、打ち消そうとしているようだった。
ため息をつき、もう寝ようかしら、と窓に手をかけた。
窓を閉めても相変わらず外では秋の虫の鳴く声が五月蝿く響いている。
もっとも普段ならそれを楽しむ余裕があるはずなのだが。
部屋の電気も消し、ベッドに乗りかけたその時


ゴンゴンゴン


「・・・・・・・・・!」

閉めた窓を叩く音。不思議に思いいのは顔を上げた
月明かりに照らされていたのは。


・・・任務中のはずのシカマル。



「(・・・開けろー)」

突然の来客に気が動転したままいのは慌てて閉めたばかりの窓を開けた。
9月にしてはやけに冷たい風が2人の髪を撫でる。

「・・・なんでアンタが・・・」

こんな所に、というはずの言葉はいのの口から出てこない。
それに構うこともせずシカマルはポーチの中からなにやら取り出すと目を背け、その手をいのの前に突き出した。

「・・・誕生日・・・おめでとう」

言われるがままにそれを受け取るといのは気がついたように部屋の電気をつけた。
完全に露わななった相手の姿。

「・・・アンタ・・・怪我してるじゃない・・・」

服は破れ、血は未だに固まることもせず服に染み込んでいく。
頬にも、真新しい傷が。

「・・・急いでたら・・・木から落ちた」
「・・・・・・馬鹿・・・」

疲れたと言わんばかりに膝に手をあて荒い呼吸を繰り返すシカマルを見、いのは明日の準備として机に置いていたポーチから傷薬を取り出した。

「・・・平気だって。ただの擦り傷だし」
「でも──」
「それより。・・・間に合ってよかった」

傷薬を持ったまま、いのは振り返り時計を確かめる
今は12時、1分前。

「・・・誰かさんは今日俺に会いたかったみたいだし?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・おい?」

「・・・・・・馬鹿・・・・・・」
「・・・人がせっかく必死に─」
「・・・・・・ありがとう」
「・・・・・・おう」


シカマルのその行為が。・・・素直に、いのは嬉しかった。


「・・・ところで」
「?」
「“大切な日”ってなんだ?」

「・・・聞こえてたんだ」
「たりめーだろ。あんな至近距離で」

それもそうね、といのは笑い、視線を彼の入ってきた窓へと移す。
窓から入る微かな光は未だいのの部屋の明かりに打ち消されている。
いのは傷薬を机に置くと、再びシカマルに向き合った。
顔を上げ、にこ、といのはいつもの笑顔を浮かべる。

「・・・16年前の今日。・・・私達が初めてあった日なのよ」

生まれたばかりのいのが、初めて会ったのはその前日生まれたはかりでまだ入院
中の、シカマルを含む奈良一家だった。
もっとも、記憶に残っているわけではないのだが。
・・・因みに翌日は二代目猪鹿蝶初のご対面。

「なるほどねぇ・・・・・・」

何故今の今まで知らなかったのだろう、そう口を開こうとする前に彼の疑問は直ぐ解決した。
これまでにこの日いのといられない日がなかったのだ、シカマルには。
なんだかんだ言って去年も一昨年も、猪鹿蝶勢揃いで(主に父親たちが)朝まで騒いでいたのだから。

「・・・来れてよかった」
「・・・・・・ありが──」

涙混じりのいのの、次の言葉は出てこなかった。
何故ならいのの顔の直ぐ前にシカマルの顔があったからだ。

「・・・ぇ、ちょ、何・・・・・・っ?」
「・・・YESかNOか半分か」

シカマルが引き下がる気配は、ない。

「・・・は、半分・・・って・・・?」
「・・・頬」
「・・・ぃ・・・YESは・・・?」
「──・・・・・・く」
「や、やっぱいい言わなくて!」


「・・・で?・・・・・・どっち」
「・・・・・・・・・ぃ・・・YES・・・」









・・・・・・・・・・・・・・・・・・









「・・・・・・俺と結婚してください」
「・・・・・・は・・・・・・?!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

何の前触れもなく放たれた言葉。
未だにシカマルの顔はいのの目の前にある。
突然の告白にいのは今以上に顔を赤くなった。
もちろん言った当人の顔も負けず劣らず真っ赤なのだが。

「・・・いきなり・・・何よ・・・」
「・・・16歳で結婚したいって言ってたの誰だよ」

目を反らしつつ、それでも強気な姿勢でいのは言った。
いつだったか、何年も前のある日。
何気なしに言った言葉。
「シカマルには叶えられないよね」
そういい不機嫌になったシカマルの顔を見て、いのは無邪気に笑っていた。
理想は捨てていなかったけれど、まさか口に出していたなんて。いのがそう思ってしまうほど、昔の話。
しばらくの沈黙の後、耐えられなくなったのかシカマルはいのから離れた。
目が合い、照れたように2人は笑い始める。他の部屋で就寝中の、家族に聞こえない程度に、相手に聞こえるだけの範囲で。

「憶えてたんだ・・・」
「・・・おう。・・・で?」
「?」
「返事。」
「もちろんvV」
「・・・成立、だな。」
「式はいつでしょう?」
「再来年」
「はは、やっぱりー」
「うっせ」







「・・・・・・じゃ、そーいうことで」
「・・・・・・何処行くの?」

2人にとっては長い長い沈黙の後、シカマルは相手から顔を隠すようにして窓に向かうと腰をかけ、脚絆を履き始めた。首を傾げ尋ねるいのに返事をするより先に、外へでる
時間は12時3分。あれから5分も経っていない。

「・・・任務中に抜けてきたから」
「・・・・・・馬鹿
・・・・・・バカマル」
「なんだよそれ;」

「・・・いってらっしゃい」
「・・・おう。・・・これからもよろしく、な」
「・・・うん。よろしくね。・・・任務、気をつけて」
「さんきゅ」

外の景色に変わりはない。
相変わらず漆黒の闇が広がるだけ。月さえ、先ほどとあまり変わらない位置にある。
・・・それほど、ほんの短い間の出来事だったのだ。


「・・・再来年の今日はもう、あんたが帰ってくる家は私の家でもあるのよね」

願うように、確かめるように。
彼の影がなくなった黒に向かって、いのは呟いた。

唇に僅かに残る感触に
“好き”という言葉さえ滅多に発しない彼の、ストレートな告白に。
いのは未だ頬を赤く染めている。
高鳴る胸を押さえながら深く深呼吸をした。

「・・・・・・寝よー・・・」

目は冴えていた。
当分眠りにつくことは出来ないだろう。
いのは布団に潜り込むとかたく目を瞑り、睡魔が訪れるのを待つことを決めた。



その頃・・・


「・・・めんどくせー・・・っ」

シカマルが己のとった行動すべてを恥じ森の中を爆走していた事実は、誰も知らない・・・・・・