「・・・羨ましいよ、お前等って」




Soul Mate





日は 沈みかけていた。
重くのしかかる雲に隠れて確認することは出来ないそれを、風が確実に進む時を告げているように冷たく 2人の間を吹き抜けた。
思ったより冷たい。キバは眉を顰めるとポケットに手を入れ鉛色の空を見上げた。

「・・・嫌味?」

眉間に皺を寄せ 膝を抱え 風によって乱れた髪をろくに直すこともせず 自分の少し先に視線を集中させて。
相手に聞こえるだけの小さな声で、いのは不満そうに呟いた。

鉛色の雲は徐々に黒を強め、2人に夜の影を落とし始める。
何時くらいだろう、そう思っても時を知らせる機械も 太陽もない。
いのは 膝を抱えたままだ。
時折吹く冷たい風が その淡い金色の髪を靡かせるだけ。

「・・・何怒ってんだよ」

「・・・あれは、別にお前にも非が──」
「別に怒ってないもん」

呆れたようなキバの言葉は、相変わらず一点を見つめたまま表情一つ変えないいのの言葉の前に消え失せた。
驚いて一旦いのに目を向けたが、何の変わりもない表情を見、再び空へ視線を向ける。







キバが彼女を見かけたのは十数分前のこと。
いつもの散歩の帰り。
まだ空が橙色と灰色の混ざった色をしていた時。
大きな声を気にして覗いてみれば、まさに喧嘩中のいのが見えた。
珍しく相手も引き下がる様子がなく。
面白半分で足を止めて、見物を始めたその数分後に。
いのに背を向け帰って行く相手が見えた。
言い負かされた様子ではなかった。
かといって、納得した表情も見受けられなかった。
双方、どちらにも。

見なかったふりをすることは出来なかった。お節介焼きと思われようと、人を放っておけるような性格ではなかったのだ、彼は。

こじれた原因は、いつもはすぐ折れる相手が、今回最後まで折れなかったという事。毎度の事ながら当然いのが折れるわけはなく。

・・・この有様。



「羨ましいよ」

「・・・なんで」

いのが動いた。膝を抱く腕の力を強める。
足元にすり寄ってきたパートナーを抱きかかえるキバに顔を向けると、先ほどから変わらない口調でつぶやくように言葉を放った。
視線は真っ直ぐキバを見つめ。
そのいのの淡く青い瞳の強さに圧されキバの視線は再び空へと戻す羽目になった。

「・・・ソウルメイト」
「何よそれ」

ふと、呟く。

ソウルメイト。
聞き慣れない単語にいのは今以上に眉を顰めた。
キバは疑問符を浮かべるいのの隣に腰掛けると、そのまま寝転がり空を仰ぐ。
もう日は沈むだろう。いつも辺りを照らすはずの星も月も隠れているから辺りはいつも以上に暗くなるはず。
今は辛うじて互いの顔が認識できる程度で。

「本当の両想いってさ、珍しいと思わねぇか?」

以前、姉から聞いたことがあった。
互いを同時に好きになるなんて、そう滅多に起こらないと。
・・・だから、好きな相手に積極的にならなくてはならないと。
空を仰いだまま。パートナーを撫でる手を休めることなくキバは言った。
いのも視線を、上に持っていく。

確かに、世の中に存在するカップルに“本当の両想い”はごく僅かだろう。
多くは片方が積極的に“アタック”をし、その想いを寄せる相手の恋愛対象とい
う枠の中に入ることによって両想いになるのだ。
いい実例がないから、それは単なる言い伝えの域でしかないのだろうが。
それでも人に好意を伝えられたとき、その相手が気にならない者は少ないだろうと、キバは思っていた。

「・・・だから?」
「・・・俺が何も知らねぇとでも思うか?」
「・・・・・・・・・」

空との会話を続ける。
声色から、口調から。
表情を読みとる手段なら幾らでもあるのだから。






シカマルといのが“本当の両想い”だという事を、キバは知っていた。
それがいつからかを本人含め誰も知らないという事も。

「・・・お前等は 本当の両想いだろ」
「それが“そうるめいと”とどう関係あるのよ」

いのの声は苛立っている。今、それが最も触れてほしくない話題だからだろう。

──分かり易い奴──

その態度に苦笑しつつ、キバは起き上がり指定位置に愛犬を置くとゆっくり立ち上がった。

「“前世”って信じるか?」
「私の質問は無視?」
「まぁ聞けって。信じるか?」
「まぁ一応・・・」

相手を見下ろしながら苦笑を浮かべキバは尋ねた。生まれ変わりは信じられるか、と。意外な質問に面食らったのか、いのは急に弱気になりもごもごと口の中で小さく答えた。
そんないのに笑って、キバはダークグレーの空を仰ぐ。

「なんでも生まれ変わる前に恋人だった人は、また同じ魂の人に惹かれるんだと」

多分。と、キバは付け加えて笑った。

「・・・・・・何それ」

ふい、といのは視線を自分等の外へと向け、馬鹿みたい、と悪態を付き。膝を抱えるその腕に顔を埋めた。
その態度に呆れたのか1つ笑うようにため息をつくと、キバは頭上から降りてきたパートナーを腕にしっかり抱き留め、愛おしそうに頭を撫でてやった。
また再び沈黙が流れる。でもそれは、先程ほど居心地の悪いものでなくて。

「別に俺そーいうの信じない派なんだけど。」

──信じられたら、いいな、って

「思い出したんだよ。お前等みてたら」

──お前等に、ぴったりな気がしてさ。



日は、完全に沈んでいた。
でもそれがあまり暗いものと感じなかったのは、雲の切れ目から月が僅かながらも顔を覗かせていたから。
立ち上がった身体に冷たい夜の風が容赦なく吹き付けるから、いのは思わず首を竦めた。


「・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺も運命の人に会いたいぜ」

先程からいのは少しも口を開かない。
それを見て、ふざけたようにキバは笑った。



「・・・・・・あんたの場合、ヒナタが運命の人ならいいな でしょ」
「なっ、べ、別にっ!」
「慌ててるー図星ー
 いいじゃない、別に運命の人じゃなくても。ヒナタを惚れさせれば」
「だーかーらー違うっつの」
「そういえばヒナタ、彼氏ができたって」
「なっ・・・」
「嘘。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「素直にならないと、先にとられちゃうわよー?ナルトとかネジさんとかに」

してやったりという表情を見せると次はキバが不機嫌な顔をする番だった。
くすくすといのは笑う。ずっと同じ格好をしていたため固まっていた身体を解すために、思いっきり暗い空に手を伸ばした。

「・・・それにしても、長い間ここにいたのねー」

それなのに、ずっと彼は私の隣にいたんだった、と。
口先をとがらせる相手に、自然と笑みが零れた。

「・・・・・・・・・ありがと。」
「・・・別に。じゃ、俺帰るわな」
「私女の子なのに送ってってくれないのー?ヒナタじゃないから?」
「ちげーよ。シカマルに殺されるから」
「あははっ まっさかー」
「いやいや、マジだって」

2人で、笑う。見られたのが、キバであったことに、いのは感謝しながら。
他の皆は遠すぎるし、チョウジは近すぎるから。

「じゃ、ね。謝るよ、私。シカマルに」
「おう。じゃあご褒美にこれやる」
「何?」
「ただの飴ー」
「…ありがと」
「俺に惚れんなよ」
「ばーーか」
「じゃなー」
「うん。ばいばい。」



冷たく吹き抜ける風は冷たい。でも、それがなぜか今は心地よかった。

――ありがと、キバ

心の中で何度も繰り返した。



「でも、あんたには惚れてやんないからね」

悪戯にそう笑うと、淡い金色の髪を靡かせ軽い足取りで帰路を辿った――