※死人の描写がありますので、苦手な方はBack Please!そこまで酷くははないですが、念のため。
紅い手鞠
本日も晴天、雲量はほとんど0の、少しだけ冷える、そんなある日。
いつもと同じように高いテンションについていけない(というよりついて行きたくない)ネジはため息をついた。
この班の紅一点である少女は誰とも目を合わせようとせず、黙々と忍具の手入れをしているというのに。
先程の彼女の台詞が脳内に木霊する。
『あ、先生私に触ったら痴漢って訴えますよ』
──恨むぞ、テンテン…
哀れキノコ頭2人組に捕らわれた少年は、もう逃げる気力も果て、引きずられるという形で2人に連行されていった──
ようやくキノコに解放され(というより忘れられたと言った方が正しいのかもしれないが)取り残されたのは、森から外れた小さな村のようなところだった。
熱血師弟の姿は、見えない。
まったく、とお団子の少女は腰に手を当て呆れたようにため息をつき、微かに頬を上気させているネジは腕を組み、黙りこくっていた。
「何?ネジ息上がってるの?ネジらしくないじゃない」
「…お前と違って不規則なリズムで走らされ続けたからな…」
本当にアンバランスこの上なかった。左足なんてほとんど地に着いてなかったし、たまに木の上も移動するものだからもう少しで忍として重要な足を使えなくするところだった。
──とりあえず無傷なことに感謝、だな……
何度か危ない目を見たが、幸い精神以外は無傷だったことにネジは胸を撫で下ろした。
服に付いていた枯れ葉をめんどくさそうに払うと今気が付いたかのように空を仰ぐ。
「…帰るか。」
「うん。」
そう言うとネジとテンテンは今出て来た森へ足を踏み入れようとした。が…
「あ、ネジ!テンテン!」
後ろからのキノコ片割れの呼びかけに、それを留まった。
「あ、リー!まったく…あれ、先生は?」
「それが任務前の貴重な時間を僕達の為に削ってくれていたらし──」
「訂正しろ。俺達は関係ない」
感激ですとでも言わんばかりに涙を流しつつ語り始めるリーの言葉を、ネジがすかさず遮った。
それがあまり気に食わなかったのであろう、リーは頬を膨らませると森を背中にネジと向かい合った。
「ネジはガイ先生のご好意を何だと思っているんですか!」
「あれを迷惑な物以外に思ったことはない」
「迷惑だとはなんですか!」
「どこをどう見たら好意なのか分からないな」
「あーっもう五月蠅い!喧嘩しないの!」
「う…で、でも……」
「でも?」
「…………何でもありません」
対立していたネジとリーにとうとう我慢ならなくなったテンテンが割って入った。
それに過剰に反応したリーは急に弱気になり、言われてから初めて自分の声が僅かに大きくなっていたのに気付いたネジはしまったとでも言いたそうな表情を浮かべ、それを誤魔化すためか背後にある村に目をやった。
「それに乗るリーも悪いけど、挑発するネジも悪いんだからね!」
「………あぁ」
まったく、と腰に手を当て、テンテンは2人を交互に見た。
スリーマンセルを組んだ当初も多かったが、一年以上経った今もそれは変わらない。喧嘩の内容がリーを嘲ることからズレにつっこむことへと変わりはしたのだが。
まぁ喧嘩を通してお互い仲良くやっているみたいだし、いいことなのかもしれないけれど。
「…ほんっと、男の子って喧嘩が好きよねー」
かくいう私もリーとよく言い争いになるから少し複雑なんだけど、と。(ネジは賢いからテンテンと言い争うことはしない)
***
「じゃ、3人揃ったことですし、帰りま──」
「ねぇ、あそぼう?」
「「「!」」」
暗くなりかけた空を仰ぎながら、リーが口を開いたその時だった。
年は3、4歳といったところだろうか、1人の幼女が彼らの目の前にちょこんと立っていた。
雪のように白い肌、黒い髪を腰辺りまでまっすぐに伸ばし。髪と同じ黒い瞳には少しの曇りもなくて。幼女の腕に収まっている手鞠の鮮明な赤色がやけにこの場に映えていた。
──…………………
ふと、小さな違和感がネジを襲う。
リーが愛想良くここの村の子かと問えば幼女は目を細め微笑みうん、と答えた。
その僅かな幼女の動きに、紅い手鞠に付くちいさな鈴が揺れてリンと高く鳴いた。
「あなたお名前はなんて言うの?」
「わたしはね、せつっていうの」
テンテンが相手の目線にあわせ尋ねると、はにかんだ笑顔を浮かばせながらせつはさも嬉しそうに答えた。そして、おねえちゃんたちは、と。
──…………気に…し過ぎか……?
若干落ち着きがあるだけで、どこもおかしくないはずなのだ。テンテンもリーも警戒してる様子はないし。
──……まぁ、悪い感じはしないし、気のせい、だろうな
遊び始めた3人を見、ネジも逆らうことをせずその輪に入ることにした――…
「じゃあつぎは──」
「 ちゃん、もう遅いし…」
「……じゃあさいご…」
日は、大分暮れてきた。それでも、紅い手鞠は相変わらずこの場に映えていた。せつが笑うと、手鞠もリンと高く鳴いた。
「じゃあ…せつ、かくれるから、さがしてね」
「ちょっ……」
驚く3人を尻目に、彼らの返事も聞かず は村の方に駆けていった。
暫くリィン、と鈴の鳴る音だけが辺りに響いていた。
「…どうする?」
「…………………」
「どうするって、探しましょうよ!」
「でも…」
残された3人の内テンテンはやけに困惑したような表情を浮かべていた。
でも、とどこか探すことを否定しているような。
「1人隠れたままにしろってことですか?」
「…そうじゃないけど…」
気味が悪い、と。テンテンは小さく付け足した。
「テンテンもか…」
「ということはネジもですか?」
「あぁ…。何か、おかしくないか?」
日が沈む。それに比例して互いの顔が段々霞んできた。…そう、灯りといえば今にも沈みそうな大陽と、徐々にその姿を現し始めている星と。
今いる場所は、森のはずれにある小さな村のはずなのに。
「そうよ、おかしいじゃない!」
「何がですか…?」
「ここは ちゃんが住んでいるんでしょ?なのに…」
「村の灯りが、一つも付いていない」
「!!」
さすがのリーもネジとテンテンの説明で、ようやく意味を理解したらしい。
…村には、ネジが言ったように灯りが一つも付いていない。人の気配がしないのは寂れた村ならと考えられたのだろうが、戸外に漏れ出す光が一つもないのはどう考えてもおかしい。
それだけじゃない。
もう一つ──
「…それにあの と言う奴。
…全く、気配を感じなかった」
それに手に持っていた手鞠に付いていた、小さな紅い鈴。あれは が少しでも動く度よく鳴ったのに。仮にも下忍である自分達が近づくその音に気付かないことがあるのだろうか、と。
まだ3、4歳の子供が、自分達より強いのだろうか、と。
「……………………」
「……………どうしよう…」
テンテンは返答を請うようにネジを見たが、ネジは腕を組み村を見つめるだけで何も言わなかった。
「探しましょうよ!」
「リー…」
「もしかしたら隣の村に住んでる子がこの廃村でよく遊んでるのかもしれないし」
「でもここの子かって聞いたらうんって…」
「その子の別荘がここにあって、今
ここに泊まってるのかもしれないでしょう?」
「でも──」
「いいだろう。探さないにしろ俺らはこのかくれんぼを終わらせなくちゃならない」
組んでいた腕を解いて、ネジが言った。
確かに、とテンテンも呟いた。
リーは珍しくネジに賛同されて、意外とでも言いたそうな顔。
「…探そっか…。」
「はい…」
「あぁ。」
村の中は、本当に静かだった。
火遁で蝋燭に明かりを灯すと、この埃を被った部屋が不気味に浮かび上がった。
外の月の光すら入ってこない。
歩く度腐った床の軋む音が辺りに響いた。
…どうやらこの家には居ないようだ。
「次…行きますか?」
白眼は、もう使ってみた。
しかしネジの瞳には、自分たち以外の人間は映らなかったのだ。
深刻な趣のリーの言葉に、ネジはゆっくりと頷き家を後にしようと踵を返した。
リーもこれに続く。が
「ねぇ…これ」
テンテンの言葉にふと、足を止めた。
「どうしました?」
「………………」
テンテンは黙って自分の足下を指した。その指の先にははっきりとは分からないものの、古い板の床に黒い何かが染み着いているようだった。
「これって……」
「どうやら血…と見て間違いなさそうだな」
しゃがみ込み、できる限りその弱々しい蝋燭を近づけながらネジが言った。
かなり古いものなのだろう。辺りが暗いからそう見えるわけではなく実際に黒く変色してしまっている、それ。
テンテンが手を高く上げ、広範囲を照らした。必死に抵抗したのだろうか、血の跡はこの場所だけでなく壁などにも飛び散っていた。
「…ここで何があったのでしょう…?」
人を象った血を指でなぞりながらリーは言う。
──本当ニアノ子ハ何者ナノダロウ…?
外に出てみると、もう完全に日は沈んでいた。
月明かりは、不気味に村を照らしていて。
「次、行きますか。」
「…うー…気が乗らないなぁ…」
暫くの沈黙の後リーが気合いを入れ直して行った言葉に、テンテンはうなだれつつもついて行った。
「せつさーん!降参しますから出てきてくださいー」
リーがどかどかと家の中に入るものだから、大量の埃が舞い上がった。
──何年モ、使ワレイナイ…?
埃を取り去ると、やはり血の跡が此処にも広がっていた。
「り、リー!煙たいってばっ」
自棄になったのか押入れから何までも開き続けるリーにテンテンは声を上げた。
ネジは相変わらず口を閉ざしたままだが、うんざりとでも言いたそうに眉を顰める。
──何ガ 起キタノダロウ…?
何より恐怖心が強い。でも、帰るわけにもいかなくて。
「次!次行きましょ…っうわぁっ!」
どたどたと盛大な音を立ててリーが転んだ。
バランスを取ろうと、壁に手をついたときだった。
──リィン………
「え…」
聞こえたのは確かにせつの持っていた手鞠の音。
部屋の中では、ないようだ。
「どこから…」
「ちょっと其処を退け、リー。」
慌てふためく2人に突然ネジはそう言うと、リーの体重を支えていた壁を叩き始めた。
「……やはりな」
「…な、何が?」
「……隠し部屋がある」
そっと触れていた手を離すと、ネジは上から下まで壁を眺めた。
「…大分古いな。…リー。」
「はい。」
一歩引いたネジの言葉を合図に、リーが壁を破いた。手鞠のリィンという音と大量の埃と黴の臭いが、辺りに広がった。
そこは書物庫のようだった。広さは、見えている床だけで四畳程。天井まで積み重ねられた本の文字は埃をかぶっていて良くは見えなかったが、どうやらこの村の記録らしいことはなんとか察することができた。
床も他の部屋同様埃を多くかぶっていた。が、それを払ってみても黒く変色した血の跡は残っていなかった。
「…ここの本を、盗みにきたんでしょうか?」
「…そうなんじゃない?」
蝋燭を高く掲げて尋ねるリーに、所々抜けている本と本の間を指差しながらテンテンは答えた。
ふぅと息を吹きかけて、残っている本の背表紙を確認する。
「じゃあ、盗んだことを隠すために?」
「そう見て間違いなさそ──これは…?」
ネジが足下に落ちている本を拾い上げた時だった。例のごとく黒一の跡が…備え付けられていた押し入れ(と呼ぶには小さいのかもしれないが)から流れたように付いていた。
「これ…は?」
テンテンが手に持っていた本を元に戻すと、ネジに近寄ってきた。リーもそれに続く。
「…開けます?」
「…うん…」
リィン──……
「………っ」
出てきたものがあまりにも衝撃的すぎて、テンテンは無意識に一歩下がりネジの後ろへと回った。
直ぐ事切れたのだろう。小さく膝を抱えたままの姿勢で、それはあった。
血によって黒染まった着物、微かな灯りが頼りのこの場所に、白い骨が不気味に浮き上がっているようだった。
随分長い間閉じこめられていたのだろう。
覚悟したあの特有の臭いが、襲ってこなかったのだから。
「…………!ネジ!テンテン!これって──」
いつの間にかネジ(とテンテン)の後ろに回り込んでいたリーの指さす先には。
「手鞠……?」
「じ、じゃあもしかして…?」
「 さん…なんでしょうか…?」
黒い血で染められた紅い手鞠が、大事そうに抱えられていた。
「この部屋は、見つけてもらえなかったんでしょうか…」
「さっきのはじゃあ…幽霊…?」
「そういうのは信じないんだが…そうとしか言いようがないな…」
──見ツケテ 欲シカッタンダ──
今日になって、発覚した。
小さな小さな村で、昔々に殲滅事件があったということを。
そしてそれが今まで、遺体を回収したものの土地を買う者も現れず手つかずでいたことを。
誰も隠し部屋に気付かなかったのかという疑問を抱いたが、元々外交の殆どない村だったようなので、里の中心部に住んでいる者達が特に興味を持つこともせずに時が過ぎたのだろう。
かなりの広さを誇る木ノ葉中心部に建つ図書館の片隅で、3人は本を閉じるとため息をついた。
本当に、昔の話だった。
人と人、村と村の間に僅かな隙間があった、そんな時。
あの後彼らは物品に触れることなくその場を去ると木ノ葉の者達に報告した。
何十年も前に起こった事件の狙いがただの殲滅でなく強盗だとしたら、それなりの対処をしなければならないと思ったから。
まぁ今更、という所もあるのだが───
「見てください皆!この本に…」
「何?」
「『幽霊は存在する』って!」
「はぁ…」
「しつこいぞ、リー。」
「でも…」
「あ!もうこんな時間!」
「急ぐか。あいつは時間に五月蝿いからな」
1人は慌てて、2人はゆっくり立ち上がった。
空は澄み渡っていた。夏よりも青は強くないにしろ広い広いこの青空に浮かぶ、白い白い雲を本当によく拝むことができた。
太陽の光が眩しかったのか、吹き抜ける風が冷たかったのか。誰に言われるでもなく3人は空を見上げた。
──どうかあの子が、迷うことなく皆の元へといけますように──……