「それはここだろ?」
「えっ、ここじゃないのー?」
「馬鹿、ちげーっつの」

(なんつーかさー)
(何?)

「あっ!ここだぁ♪」
「…だから言ってんだろ…」

(居辛くねぇか?)
(……もう慣れたよ。)

「これは?」
「俺に頼るなよ」
「お願いー!」
「…ったく…」





密着度99





今はもう日の光が微かに入り込むだけのこの部屋に、2人は隣り合わせで座っていた。
先程まで自分の足に届かんばかりに伸びていた彼らの影も、随分と周りに溶け込んでいて。
呆れたようにそれを傍観するのは本来彼らに用があってこの部屋に足を踏み入れたはずの少年達。
背中を向けているからよくは分からないが、頭脳を必要とするパズルの様なものなのだろう。

「…だからお前…」
「え?なんでー?」
「………はぁ」

そしてまるでこの部屋にいる他の二人の存在に気付いていないのか。2人が一向にこちらを向く気配はない。
かといって話しかける勇気があったわけでもなく。

「あっ!ここじゃない?」
「…違うし」

(どうする?)
(どうするって…キバあれ返してもらわなくちゃいけないんでしょ?)

無意識に小さくなる会話の声。
こんなにも堂々と立っているはずなのに、これじゃあ盗み聞きしているようで気分が悪い。
流石に居たたまれなくなってとうとう部屋を出ていく来客2人。
あえて声をかけこちらに気付かせる気にはならなかった。

(気長に待とうぜ…)
(おーけー…)

どかっ、とドアの前に座り込む。
彼らの大きな声がこの一枚の板で遮られることはなかった。

(あ、わかったかも…こうだ!)
(だからそうだって何回も言ってんだろ…)

「…仲いいよなー。付き合ってんじゃねぇのか?」

黙っている時間が長かったことに疲れたらしいキバは伸びをしあくびをかみ殺しながら隣にいる少年に尋ねた。
いくら幼なじみとはいえここまで仲がいいのは本当に珍しい。
バカップルに匹敵するほどのこの密着度。疑問を抱いているのはキバだけではないはずだ。
チョウジはどこからかお菓子を取り出すと黙ってそれを食べ始めた。怒っているというより、どこか困惑したような。
お菓子を勧めつつチョウジはキバに小さく笑って見せた。

「付き合ってないよ。ただね、両想いだとは思うんだ」
「…"だとは思う"?」

つまりそれは確定しているわけではないということ。
予想しなかった言葉の並びに、キバは微かに眉を顰めた。
互いのことを熟知しているはずの幼なじみの発言とは、到底思えないようなような言い回しだったから。

「うん。」
「それにいのってサスケのこと好きなんだろ?なら……」
「……自覚が、ないんだよ。2人とも」

菓子を腹に納めるため口をしきりに動かしながらチョウジは半ば呆れたように答えた。
互いの事を本当に大切に思っているはずなのに、自分たちが引いた幼なじみの線を超さずに接する2人。
こういうものが幼なじみだ、そう決めつけて動こうとしない。

「いのはいのでサスケの事好きだと思い込んでるし──」
「シカマルはシカマルで女はめんどくさいって思ってるし、と?」
「うん。まぁシカマルの女の概念はいのが作り上げたようなものなんだけど。」

「難しいトシゴロなんだよな、きっと。
 あ、そうだ俺が今度いのにアタックしてみてさ、シカマル観察しないか?」
「あ、いいかもね、それ。」

空になった袋をひっくり返しつつ、チョウジが笑った。少しくらい悪戯してもおもしろいかも、と。
キバはそれに同意の表情を浮かべた後、ドアに耳をぴったりつけた。いい加減本題に入らなくては、夕飯に遅れてしまう。

「…ったく、早くおわれ!」
「…突撃しても大丈夫だと思うよ…。」
「でも──」


(ちょっとたんま!)
(なんで)

「…なんだ?」

突然のいのの声。まさかとは思いつつなんとなく悪い(?)予感が過ぎり2人はは揃ってドアに耳をつけた。


(痒い!)

「…痒いだけかぁ。ちぇ、つまんねーの」
「まーまー。」

キバは期待はずれとでも言いたそうにドアから少し離れた。
チョウジはそれに苦笑しつつ未だドアにくっついたまま2人の様子を伺う。

(…だから?)
(掻いて!お願い!)
(…自分で掻けよ。)
(手放したら忘れちゃうじゃない!)
(向き変えずに置きゃいいだろ)
(目放せないから無理!お願い!)

(はぁ…。…どこだよ)
(お腹!)
(…の、どこ)
(……えーと…)

「なぁ……」

(おへそから右にちょっといって上にちょっと行ったとこ)
(ちょっとってアバウトすぎんだろ…
 …ここか?)
(もっと上!)

「……何?」

(あーもうちょい上!)
(…ったく…)
(もーーちょい!)

「本当に付き合ってねーのか?」

(あとちょっと右!)

「……うん。」

(ここか?)
(そこそこー!はぁー…助かったぁー…)

「…そろそろ気付いてもらわなきゃ困るんだよね…。
 …街中でもさ、平気で寒いって言って抱きつくんだよ?」

―…シカマルはシカマルで何の抵抗もしないし。

ひきつりかけた笑みを浮かばせつつ、ようやくドアから耳を離したチョウジはドアに向かってポツリと呟いた。当然、聞き手であるキバがそれを聞き漏らすことはなくて。

「…お前も、大変なんだな…」

憐れむように、キバは相手の肩に手を置いた。

一般的に考えて、少女が幼なじみとはいえど一人の男に、自ら触れるよう指示するだろうか?
答えは、否だ。異性を気にする年頃なのだから尚更。
ここまで幼なじみとはいえ互いを意識しないものがいたのだろうか?そこまで、先入観とは拭えないものなのだろうか。
寒空の下、バカップルを目前とした通行人の見ていられないといわんばかりの表情が、鮮明にキバの脳裏に浮かび上がるようだった。



「あれ、キバ……」
「…今日はいい…諦めるよ。
 …コイツ等に、ついていける気がしねぇ」

ふらふらと立ち上がり、キバは玄関へと足を向けた。チョウジもつられて後について行く。

──あの自覚なしすれ違い両想いバカップルめ……





暗くなった空に吹き抜ける風は、容赦なく彼らの体温を奪っていった。ポケットから偶然発見された飴を乱暴に口の中へ放り込むと、怒っているような呆れているような表情を浮かべ、キバはチョウジと共に暗闇に同化した道を、ただ無言で歩き続けた──